風と空と暮らし

日常の些細なことを記録していきます。

キャッシュレス化は一体誰のためなのかという話。

個人的にはキャッシュレスには賛成です

キャッシュレス化。自分の認識では、数年前から個人の趣味の範囲で(つまり、あまり現金を持たず財布の中身を軽くしたい人々の間で)話題になっていた気がする。

かく言う自分もパンパンの長財布は嫌いなので、おサイフケータイ(今はGoogle Pay)やデビットカードを駆使してキャッシュレス化を進めてきた。

現金を持たない人界隈では「abrAsus」というミニマムウォレットが大人気だが、個人的には無印良品のトラベルウォレットを使用している。やはりすっきりとした財布は気持ちがいいし、薄いのでポケットにもすっぽり入る。

それに自分はMoney Fowardでカードの利用記録を連携しているため、家計簿を手動でつけなくても自動で書き込まれるのが便利だったりするのでキャッシュレス化には賛成派だ。

最近はキャッシュレス化の議論が盛んになってきて、「日本はキャッシュレス化が遅れている」「キャッシュレス決済の目標比率を決めよう」みたいな動きが盛んだ。

個人的にはコンビニで数百円の商品をクレジットカードで支払うのが気恥ずかしいのでキャッシュレス化が進むと嬉しいな…とも思う。今は少額をクレジットで支払う人はマイノリティであるからだ。

電子マネーで支払えばいいじゃん」と言われたらそうなのだが、電子マネー、特にSuicaは家計簿アプリと連動させた際に何かと面倒なのであまり使いたくない。

このように自分はキャッシュレス賛成派であるのだが、昨今のキャッシュレス化議論には少し疑問を感じるのだ。「キャッシュレス化は一体誰のために進めるの??」と。

きっと今の議論のキャッシュレス化は消費者のためではない

先日、北海道で震度7地震があった際、クレカ・電子マネー等の電子決済ができず現金のみでの売買しかできないことが話題になった。キャッシュレス化は災害に弱いのではないか、という危機意識のようなものが芽生えたのではないだろうか。

実際問題、こうした自然災害や停電・ネットワークの不具合等を含めた社会的なシステム障害によって電子決済が使用不可になるというのは以前から言われていたことであるが、一方でこうした問題は技術的なアプローチで解決できる問題でもある。

これに関して深くは言及しないが、ネットワークに接続せずに決済を済ませたり低電力で決済を済ませることは今後可能になっていくのではないだろうか。

ただ、こうした「キャッシュレス化問題視」の意見が出てきた背景には「なんでキャッシュレス化を進めなきゃいけないんだよ」という現金派の根強い意識があるのではないだろうか。現金派の消費者が過半数を占める日本社会で消費者に利点があまり感じられないキャッシュレス化の議論は何の意味もなさないのかもしれない。

そもそも現金決済は何がいけないのか。

野村総研経済産業省が「平成29年度産業経済研究委託事業 我が国におけるFinTech普及に向けた環境整備に関する調査検討 経過報告 キャッシュレス化推進に向けた国内外の現状認識」という資料を発表している。

そのなかでは、「日本は諸外国に比べてキャッシュレス化が遅れてるね」という話や「現金決済は社会的な損失が大きいね」という話。そして「キャッシュレス化がすごい中国では新しいサービスが生まれているよ」という話が載っている。

「海外と比べて〜」という議論は現金の信頼度などが絡んでくるので「日本は日本」という感じであまり適当ではないと一蹴できるのだが、社会的損失が大きいというのはかなり的を得ていると感じる。

身近に考えてみても、ATMからお金を引き出せば手数料がかかり、レジで現金を出せば会計に時間も手間もかかる。時間も手間もかかるとスタッフにかける人件費も大きい。労働者不足の小売業界にとっては大きい問題だ。レジではいつでもお釣りを出せるように小銭を豊富に揃えていなければならない。両替だってタダではない。

こう考えてみると結局キャッシュレス化は消費者というより販売側の都合が大きいような気がする。最近はキャッシュレス化によるビッグデータの活用などの話題も出ているがそれこそまさに販売者側のメリットでしかない。もしかすると最終的には消費者にとっても良いことになるのかもしれないが、その可能性は不透明だ。

個人がキャッシュレス化することは、個人のメリットよりも社会のメリットのほうが大きい。だけど、一人の人間が慣れ親しんだ現金を捨てて、社会のメリットのためにキャッシュレス化する手間をかけるとも思えない。特にご高齢の方々。

これからのキャッシュレス化議論はこうした圧倒的現金派の都合を十分に考えた議論にしなければいつまでたってもキャッシュレス化は進まないのではないだろうか。